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Skorping School(小中学校) | 学生が主体的に学ぶ授業づくり研究会
「学生が主体的に学ぶ授業づくり研究会(通称 学び研)」は、
国立富山高等専門学校の教職員を中心に活動する有志の会です。
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Skorping School(小中学校)

2012年10月22日(月)
Skørping School(小中学校)
 

≪小中学校の概要≫
 

オルボー駅から電車で30分くらいのSkørping駅で下車。朝8時。まだ真っ暗な中、歩道と車道の間にきちんと区分けされた自転車道があり、ヘルメットをかぶった子供たちが自転車で私たちを追い抜いて行きます。親に手を引かれて歩く子供たちも増えてきて、近くに学校があるという雰囲気が漂ってきました。
学校は平屋のように見える低い校舎です。まだ薄暗い校庭では子供たちがブランコで遊んでいましたが、鐘の音が鳴ると急いで校舎に入っていきました。
校長のピーター・ヘンセン先生と、教頭の Hanne LARSEN 先生から、まず学校の概要を伺いました。以下、お二人の話の要約です。
 

◎ 学校の概要
この学校では、680人の生徒が義務教育(0年生から10年生まで)を受けています。一クラスは18~28人で、各学年3クラスずつあります。普段はクラスごとに授業をしますが、時々、学年やクラスを超えて友達クラスという名の混合クラスもつくり一緒にイベントなどをします。自閉症などの特別支援が必要な子は30名程度で、枠組みがきっちりしている特別な教育を受けています。0年生は小学校へ入学する準備のための学年です。小学校の最初には、「デンマーク語」「美術」「体操」「算数」に加えて「自然と技術」という科目があり、学年が進むとそれが「物理」や「生物」や「化学」などになっていきます。3年生から英語が始まり、7年生ではドイツ語が選択科目として加わります。
 

◎ デンマークの学校教育の変化
授業は、科目ごとに個人別にStudent Planを立て、その子の社会的な発達や理解度を考慮しながら授業を進めます。担任と生徒が対話しながらPlanを立てますが、そこには保護者もコメントしますし、各科目の先生が情報をインプットしていきます。
学校はもちろん教育をうけるところですが、教員は権威者ではなく、生徒とフラットな関係で対話を通して、生徒と一緒に毎日の学校生活を一緒に作り上げていくというスタンスで取り組んでいます。日本の方にはかなり自由に感じるかもしれませんが、この雰囲気はここ30~40年間で徐々に変化してきたものです。(50歳代の)校長や教頭が子どものころは、小学校の先生はもっと権威的な存在でした。昔は一方的に与える教え方でしたが、今は、子どもたち一人ひとりの経験や生きている環境によって様々に学ぶ、様々に知識を得る、という考え方になってきています。暗くて面白くない学校を楽しく変えようという風潮は、時代とともに両方に揺れながら真ん中に戻そうという動きになってきていて、クラスのマネージメントなどが重視されています。
◎ 具体的な教育例
 

このような近年のデンマークの教育は、アメリカの教育学者ジョン・デューイの理論が世界の主流になってきたことに強い影響を受けて変わってきたのです。
最近の教育の典型例として、昔のやり方では本を読んでもその知識をどう使っていいかわからないことが多かったのですが、最近は知識をどう使うかに重点をおいているということがあります。PBLはまさしく、まず重要な問題をみつけて、それを解決するために必要な本を選び読んで、答えを見つけるために知識を使うという教育手法です。
例えば、低学年の「自然と技術と健康」という科目で葉緑素を扱いますが、自然と生物と物理とデンマーク語の知識とそれを使うことが必要になります。科目ごとにバラバラにではなく学際的に学ぶことになり、時間も短くできます。このように低学年ではたくさんの小さなプロジェクトに取り組みます。
9年生の最後には、1週間かけて卒業プロジェクトに取り組まなくてはなりません。テーマを決めて、2~3人のグループで1週間かけて問題解決をします。その時には、8年生までに得たの知識を選んで組み合わせて使うことになります。
これは、オールボー大学やロスキル大学などで行っているPBLの基礎になっていると思います。
 

◎ 国の方針と各学校の裁量に任されていること
国が定めるの指導要領(?)では、どの学年の、どの授業で、何をどのレベルまで達成するかを決めていますが、かなり大雑把な決め方です。各学校ではそれに合わせて、具体的にどのようにするかを決めなければなりません。たとえば、9年生の卒業プロジェクトや卒業試験は実施することが国で決められています。しかし、そこに至るまでの教育計画は、各学校で自由に計画することができます。
 

◎ デンマークの教育の根底にある思想
このようにジョン・デューイらの教育理論が、デンマークの教育現場に受け入れられ広まった背景には、デンマークの偉大な思想家たちの影響があります。特に1800年代に活躍したグルントヴィ提唱の「フォルケホイスコーレ(語義的には「民衆の大学」)」の運動は、現代のデンマークを創り上げた基礎になっています。
 

彼は、教育とは教え導くことではなく、本来「生の自覚」を促すものだと考えました。「生きた言葉」による「対話」で、異なった者同士が互いに啓発しあい、自己の生の使命を自覚していく場所が「学校」であるべきなのです。そうした理由から、彼は「生のための学校(School for Life)」の構想を1838年に発表しました。試験も資格も問わず、学びたい者が自由に学ぶこの学校は、当時の農民解放運動に支持されて、デンマーク中に広まりました。無学で、都市のブルジョアからさげすまれた地方農民たちは、この学校で学んで、社会意識に目覚め、卒業生たちは世界最初の農民協同組合をつくり、農民政党を組織して(デンマークの歴史では農民政党は「左翼党」といわれ、左派に属しました)、労働者と協力してついには政権を平和的に奪取しました。デンマークが豊かで、民主主義が浸透し、高度の社会福祉が整い、弱者に優しい国家となったのも、実はフォルケホイスコーレ運動があったからこそです。(※グルントヴィに関しては、先生方のおっしゃったことをわかりやすく補足するため、日本グルントヴィ協会http://www.asahi-net.or.jp/~pv8m-smz/society/grundtvig.htmlより引用しました。)
 

グルントヴィやキルケゴール、アンデルセンが現れなかったら、ただ外国の思想や方法を受け入れるだけだったかもしれないし、デューイらの考え方がまだ教育に浸透していない国のようになっていたかもしれません。しかし、これらの思想家たちが起こした運動の中で、自分たちの産業は自分たちで守ろうという社会的風潮が生まれ、教育も自分たちの手で創ってきました。それがなければ、もっと固くて融通の利かない教育システムになっていたかもしれないですね。
 

他の国の進化系ともいえるデンマークのPBLの特長が、どのように生まれたのか、その背景を知ってストンと納得できました。しかし、2年前にオルボー大学にPBLの調査に来た時もグルントヴィから始まり、今、また、今度は小学校でもグルントヴィから始まりました。
この後、私たちは、インタビューした小学校から大学の教員まで、何人もの教員から「哲学」という言葉を繰り返し聞くことになります。日本の教育現場で、哲学や教育思想の重要性から話を始める人はどれだけいるでしょうか。
さて、いよいよ実際の授業の様子を見学に行きます。
 

≪9年生 社会の授業≫

社会科の授業で移民について議論が始まった


 

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先生の問いかけに次々と手が上がる

 

≪9年生 国語の授業≫

国語もグループワーク、小説を深く理解するために話し合う

教職員用のカフェでブランチしながら談笑する先生たち